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「昨日の音、まだ気になってるんだけど」
翌朝、朝食を食べながら陽菜がそう言うと、亜美は少し呆れたような顔をした。
「まだ言ってる。もう京都最終日だよ、楽しく過ごそうよ」
「分かってるけど、せっかくだから疎水沿いをもう一回、今度は明るいうちに歩いてみない?ただ歩くだけだから」
亜美はため息をつきながらも付き合ってくれた。日中の哲学の道は、昨夜とは別の場所のように賑やかだった。観光客が写真を撮り、疎水沿いの店先には暖簾がかかっている。その中の一軒、古くからやっていそうな小さな店の前で、陽菜は足を止めた。
店主らしい年配の男性が、水路のそばで植木の手入れをしていた。陽菜は思い切って声をかけてみた。
「すみません、この疎水のことで少し伺いたいんですけど」
男性は顔を上げ、少し警戒するような、それでいて面白がるような目で二人を見た。
「疎水がどうしたん」
「昨日の夜、この辺りを歩いたんですけど、水の流れる音が変な感じに聞こえて。それで――」
陽菜が説明し終わる前に、男性の表情が少し変わった。
「ちゃぽん、ちゃぽんって、一定の間隔で聞こえたんちゃう?」
陽菜と亜美は思わず顔を見合わせた。
「なんで分かるんですか」
男性――話しぶりからすると、この店を長年切り盛りしているNさんという人物らしかった――は、少し間を置いてから話し始めた。
「わしの店、疎水からほんの数メートルのとこにあってな。閉店作業するのはいつも夜9時過ぎ。ある晩、いつものようにシャッター下ろしとったら、水音の調子がおかしいことに気づいたんや」
「どんな風にですか」
「普段は上流から下流へ、さらさらと一定の速さで流れる音がする。せやのにその晩は違った。音が途切れ途切れに、まるで何かが水の中で立ち止まっとるみたいに聞こえたんや」
「見てみたんですか、疎水」
「気になってシャッターの手を止めて、覗き込んでみた。水面には誰もおらん。当たり前や、こんな時間に入る人間なんかおらん」
Nさんはそこで一度言葉を切り、植木鉢の縁を指でなぞった。
「ただな、覗き込んだ拍子に、妙な感覚があった。自分の影が、街灯の位置からすると本来落ちるはずのない向きに、水面に映っとる気がしたんや」
「それで、どうしたんですか」
「見間違いやろ思う。せやけど、あの日から閉店はちょっと早めるようにしてる」
Nさんはそう言うと、それ以上は語らなかった。亜美が思い切って尋ねた。
「この店の裏に、小さな祠みたいなのがあるって聞いたんですけど」
「稲荷さんの祠な。古くからこの土地にある水路や境界には、そういう祠が置かれとることが京都には少なくない。あれが疎水と何か関係あるんかどうかは、わしにも分からん。昔からあるだけで、詳しいことは知らんのや」
それ以上は聞けない空気になり、二人は礼を言って店を後にした。宿への帰り道、陽菜がぽつりと言った。
「聞かなきゃよかったかな、なんて思ってないよね」
「思ってるよ、正直」亜美が笑った。「でも、聞いてよかったとも思ってる。なんでだろうね」
その日の夕方、二人は予定通り新幹線で京都を離れた。あの疎水の音の正体が何だったのか、今も分からないままだ。もし今後、京都で似たような話を耳にすることがあれば、また記録しておくつもりでいる。
調査ノート:哲学の道と疎水の史実(前回記事より再掲)
本記事もあくまで創作コラムだが、前提となる地理的事実は実在のものだ。哲学の道沿いを流れる疎水は琵琶湖から引かれた人工の水路で、南から北へと流れている。この一帯の自然の河川は北から南へ流れるのが一般的なため、疎水だけが逆向きに進んでいることになる。詳しい経緯は前回の記事にまとめている。
夜の見回りや閉店作業、あるいは夜道の散策で、足元やちょっとした確認に手元を照らせるライトがあると心強い。以前の記事ではモバイルバッテリーを紹介したが、スマホ自体の明かりだけに頼らない備えとして、あらためて比較記事を挙げておく。バッテリー切れの不安がないだけで、夜道の心細さはだいぶ違う。
このお話はフィクションです。哲学の道・疎水に関する地理的事実は実在のものですが、本記事に登場する陽菜・亜美という2人の大学生、Nさんという店主とその体験談・会話はすべて筆者による完全な創作であり、実在の人物・噂話・実話ではありません。特定の個人・店舗・実話を示唆する意図はありません。
アイキャッチ画像: “The Philosophers Walk is about 2km long and runs along a canal” by shankar s., CC BY 2.0(出典、トリミング・リサイズあり)