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「ねえ、なんか疎水の音、変じゃない?」
陽菜がそう言ったのは、哲学の道を歩き始めて15分ほど経ったころだった。夏の終わり、大学の友人・亜美と二人で京都旅行に来ていた。日中は人混みで疎水沿いをゆっくり歩けなかったので、宿の門限ぎりぎりまで粘って、夜になってから改めて歩くことにしたのだった。
「変って、どんな風に」
「水の流れる音、進行方向と逆から聞こえてくる気がする」
「気のせいでしょ。それか、単に地形のせいじゃない?」
亜美は笑い飛ばしたが、陽菜はスマホで少し調べて、意外な事実を見つけた。
「見て、これ。哲学の道の疎水って、琵琶湖から引かれた人工の水路で、南から北に流れてるんだって。この辺りの自然の川は北から南に流れるのが普通だから、疎水だけが逆向きなんだって」
「へえ、じゃあさっきの『逆から聞こえる』って、あながち間違ってなかったのかもね」
桜の葉がざわめく音と、疎水のせせらぎ。街灯は少なく、水面は思ったより黒かった。二人は特に会話もなく、しばらく並んで歩いた。
「ねえ亜美、さっきから同じ音、繰り返し聞こえない?」
「同じ音?」
「ちゃぽん、ちゃぽんって、一定の間隔で。魚とか、そういうんじゃなくて、もっと規則的な感じ」
亜美も耳を澄ませてみたが、よく分からなかった。ただ、そう言われてみると、確かに水音の合間に、何かリズムのようなものがある気がしないでもなかった。
「気にしすぎだよ。それより、そろそろ宿戻らないと」
そのとき、陽菜のスマホの画面がふっと暗くなった。
「あれ、電源落ちた」
「充電、切れたんじゃない?」
「さっき見たときまだ半分あったのに」
陽菜が電源ボタンを何度押しても、画面はつかなかった。亜美のスマホで明かりを確保しながら、二人は来た道を戻り始めた。月明かりが疎水の水面をぼんやり照らしていた。
「ねえ、あれ」
亜美が足を止めて、疎水を指差した。水面が、風もないのに小さく波立っていた。しかもその波は、二人が今まさに戻ろうとしている方向――つまり、本来の流れとは逆の向きに、ゆっくりと広がっているように見えた。
「風のせいだよ、きっと」
陽菜がそう言うと、亜美も「だよね」と頷いた。二人はそれ以上その話をせず、宿までの道を少し早足で歩いた。翌朝、陽菜のスマホの電源は何事もなく入り、充電も普通に残っていた。何が原因だったのかは、結局分からないままだった。
ただ、陽菜は今でも、あの夜に聞いた「ちゃぽん、ちゃぽん」というリズムを、ふとした瞬間に思い出すことがあるという。
調査ノート:哲学の道と疎水の史実
陽菜たちの体験は完全な創作だが、疎水が逆向きに流れているという話自体は実際の地理的事実だ。
- 哲学の道: 京都・銀閣寺から南禅寺・若王子神社まで続く、約2kmの散策路。哲学者・西田幾多郎が思索にふけりながら歩いたことからその名がついたとされる。桜の名所として知られ、日本の道100選にも選ばれている
- 疎水の流向: 道沿いを流れる疎水は琵琶湖から引かれた人工の水路で、南から北へと流れている。この一帯の自然の河川は北から南へ流れるのが一般的なため、疎水だけが逆向きに進んでいることになる
旅先でスマホの充電が切れると本当に心細い。特に夜道や土地勘のない場所では、ライト代わりのスマホが使えなくなること自体が実用的なリスクになる。以前の記事でモバイルバッテリーを比較したので、旅行や夜の外出前のお守り代わりに、気になる方はチェックしてほしい。
このお話はフィクションです。哲学の道・疎水に関する地理的事実は実在のものですが、本記事に登場する陽菜・亜美という2人の大学生とその体験談はすべて筆者による完全な創作であり、実在の噂話・実話ではありません。特定の個人・実話を示唆する意図はありません。
アイキャッチ画像: “The Philosophers Walk is about 2km long and runs along a canal” by shankar s., CC BY 2.0(出典、トリミング・リサイズあり)