【怪談】ヤマノケ――大学生4人、山道での一夜

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「ヤマノケって知ってる?」

後部座席で圭がスマホから顔を上げずにそう言ったとき、大輝はまだ、それがただの暇つぶしの話題だと思っていた。

大学のサークル仲間4人、大輝・沙耶・光・圭で、夏休みの終わりに山あいの温泉宿へ一泊二日の旅行に出た帰り道だった。運転しているのは大輝、助手席に沙耶、後部座席に光と圭。県道から外れた山道を、ナビの指示通りに進んでいた。

「知らない。何それ」

ハンドルを握ったまま大輝が聞き返すと、圭はスマホをしまって身を乗り出した。オカルト系のまとめサイトを読み漁っているのがこの中では圭だけだということを、大輝は知っていた。

「2007年の2月、2ちゃんねるのオカルト板に立ってた『死ぬほど洒落にならない怖い話を集めてみない?』ってスレ、通称・洒落怖に投稿された話。父親と娘が山道で車が動かなくなって、車中泊することになるんだけど――」

「やめてよ、こんな山道走ってるときに」

沙耶が半笑いで遮ったが、圭は構わず続けた。

「白くてのっぺりした、頭のない何かが出てくるんだよ。顔は胸のあたりについてて、片足でケンケンしながら近づいてくる。両手をめちゃくちゃに振り回して、ニタニタ笑いながら」

「怖すぎ、無理」

「で、娘のほうが『はいれた』ってずっと呟くようになるの。それで――49日以内に正気に戻らないと、もう一生戻らないっていう」

光が後ろから茶々を入れた。

「作り話でしょ、それ。よくあるやつじゃん」

「もちろん創作だと思うよ。でもさ」圭は少し声を落とした。「投稿された話って、後味悪いまま終わるんだよね。オチがない。父親がどうなったのか、娘がその後どうなったのかも、はっきり書かれないまま終わる。作り話にしては変な終わり方だなって、当時から言われてたらしい」

そのとき、車が小さく揺れた。

「え」

大輝がアクセルを踏み直しても、エンジンの反応が鈍い。メーターパネルの警告灯が赤く点灯し、車速がみるみる落ちていく。

「噓でしょ」

沙耶の声が裏返った。大輝は路肩――といっても、片側は崖に近い斜面、もう片側は鬱蒼とした杉林――に何とか車を寄せて停めた。エンジンをかけ直そうとしても、セルは回るのにかからない。

「圭、変なこと言うから」

「僕のせいにするなよ」

スマホの電波は、4人とも圏外だった。時刻は午後7時を回っていて、山の中はすでにほとんど夜だった。ロードサービスを呼ぶこともできない。結局、朝まで車内で待つしかない、という結論になった。

最初の1時間は、みんな軽口を叩いていた。圭が「洒落怖の話みたいになってきたな」と言い、沙耶が「マジでやめて」と怒る。よくあるやり取りだった。

異変に気づいたのは、大輝だった。

「……光?」

光がずっと、窓の外を見ていた。会話に入らず、ただじっと、真っ暗な杉林のほうを見つめていた。

「光、聞いてる?」

沙耶が肩を叩くと、光はゆっくりとこちらを向いた。表情はいつも通りだった。ただ、口だけが小さく動いていた。

「……はいれた」

「は?」

「はいれた。はいれた」

車内が一瞬で静まり返った。圭の顔から血の気が引いていくのが、暗い車内でも分かった。

「圭、お前が変な話するから」

「僕のせいじゃないって……」

沙耶が光の肩を強く揺すると、光は「え、なに?」と、いつも通りの声で笑った。

「なんかぼーっとしてた。ごめん、寝てたかも」

安堵の空気が流れかけたところで、大輝は気づいてしまった。運転席から見えるバックミラー越しに、後部座席の圭の唇が、光と同じリズムでかすかに動いていたことに。

「……はいれた」

大輝は何も言えなかった。言えば、それが本当になってしまう気がした。

結局その夜、4人は一睡もできないまま朝を迎えた。日が昇ると同時にエンジンは何事もなくかかり、車は普通に走り出した。ロードサービスの記録にも、故障の痕跡は残らなかった。整備工場で調べてもらっても「特に異常は見当たらない」という診断だった。

あの夜のことを、4人は今もあまり話さない。光は「あの夜のことは何も覚えてない」と言い、圭も「僕もあの後の記憶がはっきりしない」と言う。大輝が「はいれたって言ってたの、覚えてない?」と聞いても、二人とも本当に分からない、という顔をする。

沙耶だけが、たまに真顔でこう言う。

「大輝も、あの夜ずっと、同じこと言ってたんだよ。知らないの?」

それが冗談なのか本気なのか、大輝には今も判断がつかない。あれから49日はとうに過ぎた。全員、普通に大学に通い、普通に卒業した。何も起きていない。何も、起きていないはずだ。

ただ、大輝は今でもときどき、夜中に目が覚めると、自分の口が何か言おうとしている感覚だけを覚えていることがある。

調査ノート:「ヤマノケ」という話の実際の初出

この記事の大輝たちの体験は完全な創作だが、下敷きにした「ヤマノケ」という話自体は、実際に2007年2月、2ちゃんねるのオカルト板「死ぬほど洒落にならない怖い話を集めてみない?」(通称・洒落怖)に投稿されたものだ。せっかくなので、本文中では省略した原話の詳細も、ここにきちんと書き残しておく。

  • 発生日時: 2007年2月(5日ごろとする情報源が複数ある)
  • 掲示板・スレッド: 2ちゃんねる オカルト板「死ぬほど洒落にならない怖い話を集めてみない?」通称「洒落怖」の157スレッド前後とされる
  • 原話のあらすじ: 投稿者の男性が娘を連れてドライブに出かけ、ドライブインで食事をしたあと、娘を驚かせようと舗装されていない山の脇道に車を進めた。しばらく走ったところでエンジンが突然停止し、車が動かなくなる。夜になり、娘が眠ったあと投稿者が寝ようとしたところ、「テン……ソウ……メツ……」という奇妙な言葉が聞こえ始め、その声が徐々に近づいてきたという
  • 怪異の外見・行動: 頭部がなく、胸のあたりに「恐ろしい顔でニタニタ笑う」顔がある白くのっぺりした姿。特撮作品『ウルトラマン』(1966年)の怪獣ジャミラに似た輪郭として形容されることが多い。片足でケンケンしながら、両手をめちゃくちゃに振り回して車に近づいてくる
  • 被害と後日談: 娘は「はいれた」と繰り返すようになり、住職に預けられる展開が語られる。49日以内に正気に戻らなければ回復しない可能性がある、と説明され、後日投稿者が娘を見舞う場面では、娘は元の状態に戻らないまま薄笑いを浮かべて見つめてくるだけだった、とされる
  • 怪異の正体(原話中の考察): 山に宿る霊的な「悪意の総称」のようなものとされ、女性にのみ憑くと語られる。「魑魅(チミ)」という古い言葉と結びつけて説明されることもある
  • 特徴: 解決や種明かしを与えないまま終わる「後味の悪さ」で知られ、洒落怖の中でも代表的な一編として、20年近く経った今も色褪せずに語り継がれている

出典・参考文献: note「【ことば雑考】『ヤマノケ』考」note.com / 怪奇カタルシス「【洒落怖・名作】ヤマノケ(後日談あり)」kaiki-catharsis.com / WONDIA「ヤマノケの正体や後日談!」wondia.net(いずれも2026年8月時点でWeb上で内容を確認。2ちゃんねる原スレッド自体は既に閲覧困難なため、内容は上記の解説記事群の記述を突き合わせた要約に基づく。情報源によって発生日・スレッド番号等の細部表記に若干の揺れがある)

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このお話はフィクションです。「ヤマノケ」という怪異の存在、2007年に2ちゃんねるの洒落怖スレに実際に投稿された経緯・原話の骨子(父娘・山道・車の故障・「はいれた」という言葉・49日というルール)は上記の出典に基づく事実ですが、本記事に登場する大輝・沙耶・光・圭という大学生4人とその体験談はすべて筆者による完全な創作であり、実際に起きた出来事ではありません。原スレッドの投稿者本人の特定・詮索は行っておらず、本記事の登場人物も実在するいかなる個人とも無関係です。

アイキャッチ画像: “Dülmen, Kirchspiel, Börnste, Waldweg bei Nacht — 2021” by Dietmar Rabich, CC BY-SA 4.0(出典、リサイズあり)。※実際はドイツの森の道であり、特定の場所を示すものではありません(雰囲気を伝えるためのイメージ画像です)。

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