【怪談】人魂を見た夜――初盆と、光る茸の話

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「おじいちゃんの初盆だもんね、今年」

遥がそう言うと、従兄弟の樹は黙って頷いた。祖父が亡くなって、初めて迎えるお盆だった。田舎の古い家に、久しぶりに従兄弟たちが集まっていた。

「精霊送り、今夜だっけ」

「うん。近くの川で灯籠流しやるから、みんなで行こうって、おばあちゃんが」

灯籠を川に流したあと、帰り道は田んぼのあぜ道を歩くことになった。街灯もほとんどない、真っ暗な道だった。

「ねえ、あれ何」

いとこの中で一番年下の陽菜が、田んぼの向こう、雑木林の際を指差した。青白い、ぼんやりとした光が、いくつか浮かんでいた。ろうそくの炎のようでもあり、もっと冷たい色でもあった。

「人魂じゃない、あれ」

誰かがそう言うと、一瞬、みんな足を止めた。地元の人から聞いた話では、初盆の年は特にああいう光をよく見る、という言い伝えがあるらしかった。遥は、光をじっと見つめたまま、動けなくなっていた。もしかしたら、おじいちゃんが会いに来てくれたのかもしれない。そう思ってしまった自分に、少し驚いてもいた。

「行ってみよう」

樹だけが、ためらいなく雑木林の方へ歩いていった。理系の大学院に進んだ樹は、昔からこういうとき、怖がるより先に確かめたがるタイプだった。

近づいてみると、光の正体は、倒れて朽ちかけた木の幹だった。表面全体が、ぼんやりと青白く光っている。触れてみても熱くはなく、ただ淡く発光しているだけだった。

「これ、光る茸の菌糸だと思う。ナラタケとか、そういう仲間の。倒木とかに生えて、夜になると光る」

「茸が光るの?」

「うん。日本語だと『狐火』とか『人魂』って呼ばれてきたものの、正体の一つがこれだって言われてる」

陽菜が拍子抜けしたように笑ったが、遥はまだ、何かひっかかっていた。

「でも、さっきの光、動いてたよね。こっちに近づいてきて、少し止まって、それからまた奥の方に戻っていった」

樹は少し考えてから答えた。

「倒木の光は動かないよ、当然だけど。動いてたなら、それは別の理由だと思う」

そう言いながら、樹はスマートフォンのライトで倒木の周辺を照らした。小さな羽虫の群れが、木の周りをふわふわと漂っているのが見えた。

「これかもしれない。発光する細菌を体につけた小さな虫が、群れで飛んでるのが、遠くからは一つの光の塊みたいに見えることがあるらしい。群れの動き方によっては、近づいたり離れたりもする」

「じゃあ、さっきの、こっちに近づいてきて止まった光も、それ?」

「たぶん。虫が交尾相手を探して集まってるだけだと思う」

陽菜は「なんだ、虫かあ」と笑いながら、来た道を戻り始めた。樹も、倒木の写真を何枚か撮って、あとをついていった。

遥だけが、少しの間、その場に立ち止まっていた。虫の群れだと言われても、あの光が近づいてきて、まるでこちらを見るように少し止まり、それからまた奥へ戻っていったことに、説明のつく理由がついても、それでも構わないと思えた。理由が分かったからといって、あの瞬間に自分が感じたものが、なかったことになるわけではない。そう思えたからだ。

家に帰ると、仏壇の前で祖母が一人、静かに手を合わせていた。遥はその隣に座り、「さっき、光見たよ」とだけ伝えた。祖母は驚いた様子もなく、「そう。よかったね」とだけ答えて、また目を閉じた。

調査ノート:人魂・狐火の正体をめぐる、日本の科学史

この物語に登場する遥たち一家、田んぼ脇の出来事はすべて完全な創作である。ただし、「人魂・狐火の正体は何か」という問い自体は、日本で明治時代から実際に研究の対象になってきた、実在の科学史上のテーマである。

  • リン説の登場: 妖怪研究で知られる井上円了は、狐が発光する骨をくわえて運ぶという古い記録などをもとに、人魂・狐火の正体をリン(リン化水素の自然発火)に求める説を広めた。
  • リン説への反証: しかし、発光生物学の研究者だった神田左京(1874〜1939)は、著書『不知火・人魂・狐火』の中で、あらゆる怪光をリンだけで説明しようとする単純化を徹底的に批判している。実際、人骨に含まれるリンはリン酸カルシウムであり、いわゆる発火性の高い黄リンとは性質が異なるため、雨水や空気に触れただけで自然に発光・発火するとは考えにくいとされる。
  • 現在考えられている複数の正体: 現在では、人魂・狐火と呼ばれてきた現象の背後には、単一の原因ではなく複数の自然現象が存在すると考えられている。倒木や落ち葉に生えるナラタケなどの発光菌類による生物発光、湿地から発生する可燃性ガス、発光バクテリアを体につけた小さな羽虫の群れ、火の玉に見える球電現象、さらには遠くの灯りや流星の見間違いなど、状況によって正体はさまざまだとされる。
  • 虫の群れが「動く光」に見える現象: 発光バクテリアをまとった小さな昆虫が、繁殖行動のために群れを作って飛ぶことがあり、遠くから見るとまとまった一つの光のように見え、群れの動きに応じて近づいたり離れたりするように見える場合があると報告されている。

出典・参考文献: Wikipedia「狐火」 / Wikipedia「人魂」 / Wikipedia「鬼火」(いずれも2026年8月時点でWeb上で内容を確認。神田左京の研究内容・著書名の記述を含む)

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このお話はフィクションです。人魂・狐火の正体をめぐる科学史(リン説とその反証、発光菌類・発光バクテリア等の複数の要因)は実在の事実に基づいていますが、本記事に登場する遥・樹・陽菜という従兄弟たちとその体験、祖父の初盆のエピソードはすべて筆者による完全な創作であり、実際に起きた出来事ではありません。特定の個人・地域・実話を示唆する意図はありません。

アイキャッチ画像: “Mycena chlorophos” at 八丈島植物公園, by Anonymous Powered, CC BY-SA 3.0(出典)。

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