【怪談】旧音楽室に視えたもの――19Hzの音と、言えなかった謝罪の話

本記事はアフィリエイト広告を含みます。

「今月いっぱいで、この部屋、本当に取り壊されるんだって」

结衣がそう言うと、音楽室の埃っぽい空気の中で、隼人が譜面台を組み立てる手を止めた。旧校舎3階、軽音楽部が長年使ってきたこの部屋も、来月から始まる耐震工事のために解体されることが決まっていた。最後にもう一度、ここで音を出しておきたい。そう言い出したのは结衣だった。

「感傷的だね、结衣らしくないじゃん」

茉優がケーブルを引きずりながら茶化す。もうひとりのメンバー、蒼は黙って古いアンプの電源を探していた。4人とも、卒業を控えた4年生だった。

機材を並べ終え、音を出し始めてしばらく経った頃、結衣は妙な違和感を覚えた。誰かに背後から見られているような、うなじのあたりがひやりとする感覚。振り返っても、誰もいない。ただ、部屋の隅、譜面棚の影のあたりに、何かが動いた気がした。

「……ねえ、今、そっちに誰かいた?」

「いないけど。どうしたの」

茉優は軽く笑ったが、結衣の表情を見て笑みを引っ込めた。実を言うと、結衣自身にも説明がつかなかった。ただの見間違いだと思おうとしたが、視界の端に映ったその輪郭には、覚えがあった。

「なんか、寒くない、この部屋」

今度は蒼が言った。エアコンはつけていない。真夏でもないのに、汗ばんでいるのに肌寒いという、矛盾した感覚があった。隼人も無言でうなずいた。理屈っぽい隼人が素直に同意するのは珍しかった。

「みんなで気のせいってことは、ないんじゃない」

结衣がつぶやくと、誰も否定しなかった。

練習を再開してしばらく経った頃、隼人が急に演奏を止めた。

「今の音、聞こえた?」

「アンプのノイズでしょ」

「いや、違う。もっと低い。楽器の音じゃない」

隼人は机の上に置いてあった金属製のチューニングメーターを手に取った。プラグを抜いた状態でも、メーターの針がかすかに、しかし規則的に揺れている。それに気づいた瞬間、隼人の目つきが変わった。彼は元々、理系の研究室に配属が決まっている、この中で一番理屈で物事を考えるタイプだった。

「揺れてるの、これ電源入ってないよね」

「入ってない。単三電池も外してある」

「じゃあ、何かの振動が伝わってきてるってこと?」

隼人はスマートフォンを取り出し、音響測定用のアプリを立ち上げた。周波数のグラフが表示され、可聴域のはるか下、20ヘルツを少し下回るあたりに、はっきりとした山ができていた。

「19ヘルツくらいの、低周波音が出てる。人間の耳には聞こえない帯域」

「聞こえないのに、寒気とか、見える気がするとか、そういうのに関係あるの?」

「あるかもしれない。前に授業で聞いたことがある。イギリスの研究者が、自分の職場で似たような話を報告してるんだよ」

隼人はそう言いながら、音の出所を探り始めた。壁際の古い換気口に耳を近づけると、かすかに、しかし確かに、低い唸りのような気配が伝わってくる。天井裏の配管を辿ると、長年動かされていなかったはずの旧式の排気ファンが、経年劣化で軸がずれたまま、わずかに回り続けていた。

ブレーカーを落とし、その系統の電源を切ると、部屋の空気が変わった。寒気も、うなじの違和感も、嘘のように消えていった。茉優と蒼は顔を見合わせて、拍子抜けしたように笑った。

「なんだ、機械音痴のお化けだったってこと」

ただ、结衣だけは、まだどこか落ち着かない様子だった。隼人はそれに気づいていた。

「结衣が見た『誰か』、みんなが感じた寒気とは、たぶん別の話だと思う」

「どういうこと」

「低周波音は、みんな平等に不安とか寒気を感じさせる。でも、その不安を頭の中で『何の形』にするかは、たぶん人によって違う。视界の端の、ぼんやりした揺らぎに、その人が一番気にしていることを、脳が勝手に当てはめるんだと思う」

结衣は黙っていた。図星だった。

1年前、この部屋には紗英という先輩がいた。結衣が一番慕っていた先輩だった。些細な言い争いがきっかけで、紗英は部活を辞め、その少しあとに転校していった。結衣は謝りたいと思いながら、結局一度も連絡を取らないまま、1年が過ぎていた。今日ここに来たのも、感傷というより、その先輩の記憶が一番濃く残るこの部屋に、けじめをつけたかったからだった。

「……なんで分かったの」

「分かってない。ただ、结衣がこの部屋に来たがった理由、なんとなく察してただけ」

隼人はそれ以上、詮索しなかった。机の上を片付けながら、結衣にだけ聞こえるくらいの声で、ひとこと付け加えた。

「原因が分かったからって、结衣が謝りたい気持ちまで、消える必要はないと思うけど」

その夜、结衣は1年ぶりに紗英にメッセージを送った。短い謝罪と、近況を尋ねる、ただそれだけの内容だった。返事は、思っていたよりずっと早く届いた。

「気にしてないよ。それより、あの音楽室、今もあの変な音してた?私がいた頃から、たまに耳鳴りみたいな低い音がすることあったんだよね」

结衣は画面を見つめたまま、しばらく動けなかった。低周波音のことは、誰にも――紗英には、もちろん一言も話していなかった。

調査ノート:低周波音と「幽霊」の関係について

この物語に登場する4人は完全な創作だが、「低周波音が幽霊目撃の原因になりうる」という着想自体は、実在の研究に基づいている。

  • Vic Tandyの1998年の報告: イギリス・コベントリー大学の講師だったVic Tandyは、1980年代初頭、医療機器の研究所で勤務していた際、同僚から「気味が悪い」「肌寒い」といった訴えを聞き、自身も視界の端に人影のようなものを見た経験を報告している。翌日、フェンシング用の剣を万力に固定して手入れをしていたところ、刃が激しく振動していることに気づき、研究所内に約19ヘルツの定在波(低周波音)が存在することを発見した。原因は新しく設置された排気ファンで、電源を切ると現象は収まった。この体験はTony Lawrenceとの共著論文「The Ghost in the Machine」として1998年、Journal of the Society for Psychical Research誌に発表されている(Wikipedia「Vic Tandy」)。
  • その後の追試(2000〜2001年): Tandyはその後、コベントリーの観光案内所の地下室(14世紀の建物)や、ウォーリック城でも心霊現象が報告されている場所を調査し、いずれも高レベルの低周波音を検出したと報告している。
  • 懐疑的な見解も存在する: 一方で、Braithwaite と Townsend(2006年)は、低周波音が心霊現象を引き起こすという説の根拠は弱いと指摘している。特に、低周波音による振動が原因なら視界全体に歪みが生じるはずなのに、Tandyの報告は視界の「端」だけに限られている点、単純な振動だけでは複雑で持続的な幻覚を説明しにくい点を問題視している。また、Wiseman と O’Keeffe による2003年の実験では、被験者の46.5%が何らかの「奇妙な体験」を報告したものの、幻覚と呼べるような明確な視覚体験はほとんど確認されなかった(このうち3分の2は体温変化の訴えだった)。つまり、低周波音が不安感や寒気といった生理的反応を引き起こすこと自体はある程度支持されているが、「はっきりした人影が見える」という部分まで低周波音だけで説明できるかは、専門家の間でも意見が分かれている。
  • 「何を見るか」は人によって変わる可能性: 上記の懐疑論とも関係するが、周辺視野のぼやけた刺激に対して、人が何を「見た」と認識するかは、その人の心理状態や記憶に強く影響されるというのは、パレイドリア(曖昧な刺激に意味のある形を見出す心理現象)として一般的に知られている。この物語で結衣が見た「人影」が、低周波音による生理的な不安と、彼女自身の未解決の感情が組み合わさった結果である、という筋立ては、上記の実在の研究・懐疑論の両方を踏まえたフィクション上の解釈である。

出典・参考文献: Wikipedia「Vic Tandy」 / IFLScience「The Haunted Frequency: Could Infrasound Be Behind Reports Of Hauntings?」(いずれも2026年8月時点でWeb上で内容を確認)

取り壊し前の古い建物は、電気設備の劣化や配管の老朽化から、こうした思わぬ物理現象が起きやすい。一人暮らしの部屋でも、原因不明の異音や気配が気になる方は、まず換気扇や配管まわりを確認してみるとよいかもしれない。防犯・安心材料として、以前の記事でモバイルバッテリーも比較しているので気になる方はチェックしてほしい。

モバイルバッテリー徹底比較(PR)

このお話はフィクションです。低周波音と心霊現象の関連についての研究(Vic Tandyの報告とその後の追試、それに対する懐疑的な見解)は実在の事実に基づいていますが、本記事に登場する结衣・隼人・茉優・蒼という4人の学生とその体験、结衣と紗英のエピソードはすべて筆者による完全な創作であり、実際に起きた出来事ではありません。特定の個人・学校・実話を示唆する意図はありません。

アイキャッチ画像: “Toyosato Elementary School old building second floor corridor” by Sakaori(さかおり), CC BY 3.0(出典)。※記事中の学校を特定するものではありません(雰囲気を伝えるためのイメージ画像です)。

この記事をシェアする X LINE B!
ポチ活ラボのマスコット
上部へスクロール