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「学校の七不思議、実は八個目があるって知ってる?」
卒業式まであと1か月というころ、中学3年の陽菜がそう言い出したのが、すべての始まりだった。
「七不思議はもう全部やったじゃん。音楽室のベートーベン、理科室の人体模型、階段の段数……」
「それが、八個目があるんだって。1年のとき、先輩から聞いたことがあって」
放課後の教室に残っていたのは、陽菜と、幼なじみの拓、そして委員会で一緒だった千聖の3人だった。誰からともなく、この学校で最後の思い出作りに、七不思議の残り――正確には検証していなかった一つ――を確かめようという話になっていた。
「その八個目って、どんな話」
「旧校舎の、今は使われてない渡り廊下があるでしょ。あそこを夜、誰もいないはずなのに歩いてる音がするんだって。しかも、その音について行くと、誰かが『ありがとう』って言う声が聞こえるらしい」
「なにそれ、逆に良い話じゃん」千聖が笑った。
「怖いんだか良い話なんだか分からないところが、逆にリアルなんだって」
3人は放課後、教員に見つからないように旧校舎に忍び込んだ。使われなくなって10年以上経つという渡り廊下は、埃っぽく、窓ガラスの半分にはひびが入っていた。夕方の弱い光が、床に長い影を作っていた。
「本当に誰もいないね」
「そりゃそうでしょ、使われてないんだから」
拓が呆れたように言ったとき、廊下の奥から、確かに足音が聞こえた。こつ、こつ、と、ゆっくりとした一定のリズム。3人は思わず身を寄せ合った。
「……誰か、いる?」
陽菜が震える声で呼びかけると、足音がぴたりと止まった。代わりに、廊下の奥の暗がりから、小さな声が聞こえた。
「見て、くれるの?」
その声は、怖いというより、どこか驚いたような、それでいて縋るような響きだった。3人は逃げ出したい気持ちと、それ以上に強い何かに押されて、その場に踏みとどまった。
「わたしたち、あなたのこと、見えてるよ」
千聖が思い切って、そう答えた。
暗がりの奥に、少しずつ人の輪郭のようなものが浮かび上がった。同じくらいの年頃の、セーラー服を着た女の子。ただ、その姿はどこか薄く、夕方の光を透かしているように見えた。
「わたし、ずっとここにいたの。誰も、気づいてくれなくて」
「気づいてくれなくてって……あなた、この学校の生徒だったの?」
「うん。仲良しの子がいなくて、いつもこの渡り廊下で、一人でお昼を食べてた。誰にも気づかれないまま、卒業できなかった」
その言葉に、3人は顔を見合わせた。誰も何も言わなかったが、同じことを考えていたのが分かった。
陽菜が、鞄からノートを取り出した。委員会の集まりに向かう途中で書いていた、卒業アルバムの寄せ書き用のメモ帳だった。ページを一枚破ると、拓がペンを差し出した。
「一緒に、写真撮ろうよ」
「え?」
「アルバムに載せるの。名前、教えてくれる?」
少女は驚いたように瞬きをして、それから、消え入りそうな声で名前を教えてくれた。3人は、その名前をノートに丁寧に書き写した。カメラには写らなかったが、それでもいいと思った。
「これで、あなたも、この学年の一人だよ」
千聖がそう言うと、少女は初めて、はっきりと笑った。その笑顔は、これまで見た誰の笑顔よりも、ほっとしたような、あたたかいものだった。
「ありがとう……」
そう言うと、少女の姿は夕方の光に溶けるように、静かに消えていった。渡り廊下には、いつの間にか、埃っぽさよりも、なんだか懐かしいような匂いが漂っていた。
卒業式の日、陽菜たちはこっそりと、あの名前を書いたページを、卒業アルバムの最後の白紙ページに挟んだ。誰にも見られないように、そっと。3人だけの秘密として。
「あの子も、これで卒業できたのかな」
「できたと思うよ、絶対」
渡り廊下には、その後も時々、足音が聞こえるという噂が続いている。ただ、今ではその噂には、こんな続きがついているという。
「その足音について行くと、最後に『ありがとう』って聞こえて、なんだか温かい気持ちになる」――と。
旧校舎の窓明かりのない廊下を歩くときは、スマホのライトが頼りになる。夜の学校見学や、暗い場所での作業がある人は、以前の記事で比較したモバイルバッテリーを1台持っておくと安心かもしれない。
【完全創作】このお話はフィクションです。実際に起きた出来事や、実在する学校・生徒に基づく話ではありません。これまでのコラム記事の多くは実在の伝承・出典のある話を土台にしていますが、本記事は珍しく、その土台となる実話・伝承を持たない完全オリジナルの創作です。特定の個人・学校・実話を示唆する意図はありません。
アイキャッチ画像: “旧校舎3-A” by 不可説, CC BY-SA 4.0(出典)。※神奈川県の高校の実際の校舎で、記事中の学校を特定するものではありません(雰囲気を伝えるためのイメージ画像です)。